みゆきち闘病日記

これって何の病気なの?解離性健忘、パニック障害、発達障害、てんかん…の診断を下されたり否定されたり。いつも不安と闘ってる。どうしたらフツウに生きられるんだろう。届け、人生に悩む、全ての人々へ。

クリスマスプレゼントに

彼にクリスマスプレゼント何が欲しいか聞かれたとき、すぐに答えられなかった。

 

だって、ただのプレゼントじゃない。

ちょっとだけ特別感ほしいけどでもそんなに値段が高くないもので…

いろいろ考えてしまって

結局思いつかなかった。

 

11月18日、何がきっかけだったか、母が言った。

サンタさんからクリスマスプレゼントに欲しいもの。

「あなたの食欲」

あなたっていうのは、私のこと。

 

やっぱり、心配してるんだね。

ごめんね、ごはん、食べられなくて。

ごめんね、不安にさせて。心配させちゃって。

 

サンタさんにすがるくらいに考えてたんだね。

 

でも私は、心身ともに元気でいることをサンタさんにお願いなんてしないよ。

 

ごはんが少ししか食べられなくても

体がうまく動かせなくても

呼吸がうまくできなくても

 

私のことを1番に願っているお母さんがいるって分かったから。

私は大丈夫だよ。

ありがとう。

冬の始まりに思う。

朝の空を見て朝の空気を吸う。

風が少しだけ吹いていてそれはとても冷たい。

 

私の指をかじかませ鼻をツンとさせているものの正体は今見えてるもののほんの一部。

見えないものにそんなふうに感じさせる冬の匂いが素直に心に染みる。

 

太陽と月が1つの視界の中にいてなんだかおかしい。

スマホの写真には1枚に収まってくれなくて少しさみしい。

 

隣でカフェオレを作っている彼は、この景色を見て何を思うのだろう。

あたたかくてあまいインスタントのそれが、冬の朝と何かを競っているみたい。

 

初めてカップ麺を朝食べた。

久しぶりの吐き気のない食事に驚いてしまう。

私の普通は私が決めると決意したのに

変わってしまう前の、当たり前だと思っていた日常が戻ってきたような気がして

 

あの決意はまだ見栄でしかなかったのか

ただの慰めだったのか

 

いいじゃないか、どっちだって。

今は、カップ麺の後の残りのカフェオレの甘さにあまえていよう。

 

目が開かなくなり始めて。

11月13日、貧血っぽい症状と嫌な予感でアルバイトを早退した。

 

早速予感的中。

 

バイト先から帰る時

なかなか足が前に出なくて動かしにくくて

すごく歩きにくかった。

 

あと少し、あと少しって

一歩ずつ慎重に歩いた。

 

けれど、横断歩道を渡るときに痛感してしまう。

 

私の歩く遅さや歩きにくさ

 

足がうまく動かせないから、無理矢理早く歩こうとすると転びそうになる。

 

こちらに左折しようとしている車がいて

私が横断歩道を渡り終えるのを待っている。

早く渡らなきゃ。

でも転んだらもっと迷惑かけちゃう。

転ばない程度に急がなきゃ。

あの車の人、私のことかわいそうって思ってるのかな。

それとも、早く歩けよって思ってるかな。

前者の方がまだいいなぁ。

 

10メートルくらいの横断歩道を必死に渡り終えて

後ろを向いて一礼する。

「ありがとうございました」

 

 

また母が心配してる。

私から連絡がきて、パートから急いで帰ってきてくれた。

 

母と一緒に横になっている時

私の顔が痙攣し始めた。

そして、両目が開かない。

 

30分も経った。

止まらない。

 

頼むから、私の体寝てくれないかな。

 

震え始めてから2時間くらい経った頃、眠りについていた。

きっと疲れたのだろう。

体力が限界だったのかな。

 

目がさめると左腕にものすごいダルさが残っていた。

顔の痙攣と呼吸の苦しさは無くなっている。

 

 

この日はなんでも母に話した。

具合が少しでも変だな、なんか嫌な予感するな、と感じればすぐに口に出した。

 

想像以上に母が冷静に受け止めてくれたのは

最近本音をぶつけ合うようになってきていたお陰かもしれない。

 

勇気を出したことは怖かったけれど

今はすごく苦しさが楽になっている。

 

苦しさが楽って、日本語がおかしいかもしれないけど

顔の痙攣も振戦も呼吸がうまくできないことも

誰かに伝わることで受け入れてくれることで孤独の苦しさが紛れてくれる。

 

今までずっと、「普通」に生活したいって思ってた。

けど、違った。

 

私の限界は私が決める。

 

だから今日も私は普通に生きている。

精神疾患を受け入れる覚悟。

今月の診察で、精神障害者保健福祉手帳の申請をしたいと言うと、母はあまりいい顔をしなかった。

 

その件で腹を立て、後日プチ家出をした私に

私のことは私にしか分からない。

言ってくれなきゃ、どう感じて何を考えてるのか分からない。

だって見えないからと、母は言った。


私はたぶん、お母さんが考えてるより

ずっともっと私の病気を重く感じてる。と思う。


だから、今の自分を認めて生きていかなきゃいけない。


もしも障害者手帳が交付されて
社会的に、公的に私が障害者であると証明されても、それを一緒に受け入れてほしいと思ってる。

 

私だって母が何を考えてるのか本当のことは分からない。

もしかして、娘がろくに働けていないことが恥ずかしいと思ってるかもしれない。

通院に付き合うことに面倒くさいと思ってるかもしれない。

恥ずかしくない?面倒くさくない?と聞いたって、絶対そんなことないよって言うじゃん。

日本人だし(?)

 

気を遣って本当のこと話せないこと、たくさんあるよ。

これから、少しずつ、少しずつ

ぶつけていくから。

話せる限り話すから

覚悟しててよね、お母さん。

 

 

生きている証がほしくて必死なんだよ。

2019年11月7日、また1ヶ月ぶりの医大精神科診察の日が来た。

 

次の診察日をスムーズに予約できるよう、来月のパートのシフトを確認する母の隣で、私はなぜか泣いていた。

ぽろぽろと胸に落ちる涙のシミは放っておいた。

 

診察前、トイレの中で具合が悪くなった時の出来事。

「体調が優れない方はこちら」と書かれた呼び出しボタンを押して

だれかが来てくれるのを待った。

 

けれど、誰も来る気配がなく、何度もボタンを押してはひたすら待ち

それでも誰も来る気配もなく倒れこみながらトイレの外に出た。

「何かあった時の為」のボタンが壊れていることが悔しくて、腹が立って、

アレは何のためにあるんだよと思いながら

私は車いすで運ばれていった。

 

1時間ほど横にならせてもらった後

診察時にトイレのボタンが壊れていることを伝え、この1ヶ月の生活を話し

そして精神障害者保健福祉手帳の交付について以前話したのがどうなっているのかと聞いた。

 

隣にいる母は、「それ、いる?」とでも言いたげだ。というか、言っていた。

 

私は、生きている証を残したくて必死なんだよ。

 

母にそう言った。

 

そっか。

 

なんて言うかと思ってた。

 

母は「記念品?」と言って笑った。

 

 

誰が、記念品で障害者手帳を欲しがると思う?

 

 

一瞬、殴りそうになった。

初めて、母を、本気で。

 

「お金かかるのに。」

「私は障害者ですって言いたいの?」

「障害者枠で就職するの?」

「それ、必要なの?」

 

これ、全部母に言われた言葉。

 

どうしてそんなことが言えるのだろう。

娘が障害者だと恥ずかしいの?

 

私のことを考えて言っているのは分かっている。

 

けれど、私は、どうして、誰に想われていても私を大切にしたいと思えないのだろう。

せめて、私がちゃんと生きているのだと目に見える形にしていたいと思うことに、笑う権利は誰にある?

「殺さない彼と死なない彼女」

今週のお題「好きな漫画」について、書いてみます。

 

漫画というと男の子だと「ジャンプ」とか、女の子だと「ちゃお」とか「なかよし」等々がもとになっているものを思い浮かべる人が多いんじゃないかな。

 

私が今1番大好きな漫画本は

「殺さない彼と死なない彼女」

著者:世紀末

 

11月15日に実写映画も放映される「殺さない彼と死なない彼女」の原作コミックエッセイ。4コマで話が進んでゆく。

 

けれど私は映画化がきっかけで手に取ったわけではなく

好きになった本がたまたま映画になることを知った。

 

私以外にもたくさんの人がこの本を手に取って、心を動かされたり涙したりして

 

それが映画になるということはこの本を知る人がもっと増えるということ。

 

作者でもないのにそんなことを考えるのかとも思われるかもしれないけれど、それが一番嬉しかった。

 

人って、たぶん、自分の好きなことや好きなものを、好きな人に教えてあげたい生きもの。

少なくとも、私はそう。

 

この本は、死にたい私を受け止めてくれる。

 

今のままでいいと、認めてくれる。

 

今の幸せに気付かせてくれる。

 

大切な人を大切にしたいと思う。

 

 

ぜひ一度読んでみてください。

大袈裟かもしれないけれど、きっと、その時頭に浮かんだ人があなたにとって大切な人です。

くだらない嫉妬に因果応報?

少しずつ体調も(おそらく)回復してきたので

家から徒歩10分圏内でアルバイトをスタート。

 

バイト先に選んだのはやっぱり製菓業。

そのお店のウリは和菓子だけど

洋菓子部門配属を希望し、そこで頑張ってみることにした。

 

アルバイト初日は午前中のみのシフト。

家に帰るまではなんともなかったのに、夕方ごろからなんとなく違和感は感じ始めていた。

 

いつものようにお風呂を入れて寝っ転がっていたら

だんだん苦しくなってきた。

 

体が震えている私に

母が毛布をかけて抱きしめてくれた。

 

その母の腕に

「大丈夫」

と指でなぞった。

本当は、声や紙とペンとかできちんと伝えたかったのだけど、とにかく早く

「私は大丈夫だから、安心して」と伝えたくて、指で書いた。

 

それは意外にも伝わっていたらしい。

「今1番つらいめめこ(←私)が大丈夫なんて言わなくていい。無理に気遣って大丈夫なんて言わないでいいのよ。」

 

ずっと頭を撫で続けてくれて

呼吸が止まると背中をさすってくれて

涙や唾液が溢れれば拭いてくれて

 

母は、私のそばを離れようとしなかった。

 

そこへ仕事から帰って来た父

私の状況を分かった上で、この一言。

 

「風呂、ひゃ。」

↑訳:お風呂に入ってくるね。

 

…おい。父。笑。

 

仕事でだいぶ疲れていたのだろう。

あと、この、私がうまく呼吸できなくて苦しそうにしてたりカタカタ震えてるのに見慣れてもきたのだろう。

あとは、もともとの自由な性格。

 

たぶん、久しぶりの発作のきっかけは弟が帰って来たことだと思う。

 

姉や弟を見ると、なんだか羨ましくなる。

 

まだ学生の彼らに待っているこれから先の未来が

きっとずっと明るいものなのだろうと思うと

羨ましくて仕方がない。

ただの醜い姉の嫉妬。

何も悪くないのに、ごめんね。